5.歴史の散歩道
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南の馬出の南へ東西に、自然と歴史の移り変わりを語りかけるような歴史の散歩道(篠山城跡より徒歩約5分)がつくられている。篠山城が築かれた頃は、このあたりは曽我部郷黒岡村であったが、沼地や川の蛇行による砂礫地であったと思われる。築城の際に、城の東方を流れている黒岡川を、小川橋の南方約70メートルのところで、西へ直角に曲げて、南堀端に平行して吹上の方向へと流路を変えた。この川筋の変更は、何を目的としたかは明らかであって、東方に対する防御線は、黒岡川、外堀、内堀であったが、南方は、その上に篠山川を加えて、四重に構えたのである。その後、寛永年間(1624〜44)には現南新町に下級武士の住居が建ち、南の馬出の南側に御薪蔵が、東側には厩と内馬場、川沿いの南側に外馬場が設けられていた。ところが、この川の流れは極めて不自然なもので、これからの南の地域はたびたび洪水に見舞われた。そこで、昭和26年に、もとのように篠山川へ切り落とし廃川とした。最近、その川床が遊歩道として整備されたものである。北側の竹林には珍しい雲紋竹が見られ、西端にはお厩橋があ
った。尚、途中の東堀端へ通じる道路の角に、平成2年四月に開館された三の丸美術館がある。外観は篠山城三の丸の隅櫓を模したという。外堀と内堀との間の広い区域が三の丸で、ここから約200メートル北にある篠山小学校のプール付近に、京口へ向けて三層の隅櫓が設けられていたのである。館内には主に江戸時代の具足と刀剣や、華麗な色々縅大鎧などの武具と、古丹波の名品の数々が展示されている。散策のひととき気軽に訪れると、旅の思い出ともなる小粋な美術館である。「丹波篠山五十三次ガイド」より |