14.尊宝寺
 
二階町・呉服町商店街を東に進むと、その真正面に堂々とした構えの尊宝寺がある。永正3年(1506)2月に波々伯部村の土豪加竹法印が天台宗の尊宝院として創建し、子の印清雪隆が開山となった。城主波多野氏の崇敬が厚く、八上城の鬼門除けの祈願所となっていた。後に印清は、本願寺九世実如光兼上人の教えをうけ、名を印西と改め、浄土真宗に改宗したと言う。天文年間(1532〜55)のころ、寺格は高くて、丹波六郡内ではこの寺だけが、度々本願寺の斎(法会の食事)に招待されている。その後、慶長四年(1599)、八上村藤ノ木に移り、さらに篠山城の築城に際し、鬼門除け並びに重要拠点として、現在地へ移築された。 文化四年(1807)の大火で焼けたが山門は残り、その梁上の左甚五郎作(町・文)と言う木彫の唐獅子が炎を吹き消したとの話が伝えられている。