28.土居の内
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![]() 南側から見た土居の内 |
集落の東側に土居の内(大渕バス停から徒歩約五分)と呼ばれる史跡がある。 土居とは、中世、集落や建物などの周囲に防御のために巡らした土塁のことで、当時の土豪・国人武士とか名主の居宅は、土塁とともに堀を設け、林や藪などに囲まれていたものが多く、堀の内とも言う。東西約54メートル、南北約47メートルの敷地を、たかさやく1.8,底幅約5メートルの土塁が方形に囲み、南側には幅約7メートルの堀跡が残っている。東側は畑川が堀の代わりをし、もとは北・西側にも堀があった。 「篠山封彊志」には畠若狭という波多野氏の武将がいたとし、「丹波志」には大渕古館として「天正の頃、畑佐近允能綱同弟弾正守弘等住む」と記している。現在、畑氏の住居である。 多紀郡内では、今残っているのはここだけになり、大変貴重なもので、県指定の史跡である。なお、キリシタンを示すと考えられる十字の刀の鍔が残されている。また、室町時代のものという、竹籠と猪の皮で作った矢を入れて腰につける「空穂」(町・民)も保存されている。 「丹波篠山五十三次ガイド」より |