31.佐佐婆神社

 和田の三叉路を北へ約1キロ、大渕を過ぎ畑川を渡ると間もなく、延期式内社の風格を備えた佐佐婆神社がある。もとは、神奈備山とされる八百里山の麓にあって、社伝に「孝霊天皇(前290〜13)の勅令により創建した」とあり、蘇我氏縁の神社とも伝え天正年間(1573〜92)にここに移したと言われる。ご祭神は、天野忍穂耳尊、志夫美宿祢王、天之宇受売命、八幡大神、春日大神、住吉大神などで、中世より畑荘(曽我部荘)の総社である。「丹波志」その他によると、初めは楽々庭大明神といい、のちに八幡神社と称するようになり、縁によって延応元年(1239)後鳥羽上皇のご分霊を隠岐から迎えたとされる。細川氏、波多野氏、畑氏などが崇敬し援護を続け、その後、歴代の篠山城主も尊崇し、社殿の再建や増築をするなど厚い保護をしてきた。境内に、後鳥羽上皇の宝塔と細川満圀の百度石がある。毎年、10月第1土・日の例祭は、畑祭ともいい、近年流鏑馬も復活し、神輿3基、山車10台、太鼓みこし7台が出て壮観華麗である。

  「丹波篠山五十三次ガイド」より