64 洞中古墳とその周辺 (曽地中)
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厄神前バス停から徒歩約5分 日置東の信号を南へ約1.8キロに洞中古墳がある。 古墳時代(3世紀末〜7世紀)になると、稲作を中心に農業が急速に発達し、相当高度な生活文化をもち、山間部から平地へ集落が広がっていった。このあたりの古墳群は、そのことをよく示している。 洞中2号墳(町・史跡)は、前方後円墳である。墳丘の全長は30メートル、後円部径17メートル、前方部幅15メートル、片袖型の横穴式石室で、全長10.7メートル、玄室長5.0メートル、同幅1.9メートルとやや小さく、古墳時代中期から後期への過渡期のものと推定され、貴重な古墳である。 洞中1号墳(町・史跡)は、径30メートル、高さ4メートルの円墳であり、巨石を使用した両袖型の横穴式石室を持つ丹波最大級のもので、2号墳より新しい。 付近には、数基の古墳や須恵器の窯跡もあり、少し行くと「四十九池」がある。その東南の谷の奧に行基が最後に建てたという広大な四十九院跡があり、この周辺も古墳が多い。 なお、磯宮八幡神社の南には、全長40メートルの前方後円墳の鞍塚と古墳群が、野々垣にはヒモツ谷古墳がある。 「丹波篠山五十三次ガイド」より |