74 小野の宝篋印塔(小野奥谷)
 福住小野バス停徒歩約6分

 山陰道小野駅跡の石柱から西へ20メートルばかり引き返して、南方へ約100メートル行くと、左側山麓に竹と樹木に囲まれた古い墓地がある。このあたりは、荘園領主の屋敷跡であり、そこに西光寺が造営されたが、それも度々の兵火などで廃寺となったと言われる。
 ここに美しい形の宝篋印塔が建っている。高さは1.1メートルで、台座正面横に「宝徳元年(1449)己年十月四日」という記銘がある。室町時代の代表的な作品で、町の文化財に指定されている。宝篋印塔とは、宝篋印陀羅尼(梵字の呪文)を納める塔で、鎌倉時代に一定の形式ができ、次第に供養塔・墓碑塔として用いられるようになった
 小野奧谷の集落をさらに進むと、大宝2年(702)に紀伊国熊野三山を勧請したという飛蔵山清水寺跡がある。七堂伽藍を備えた大寺であったと伝えられる。
 その折りの一社が、二ノ坪の熊野新宮神社である。この地には、今、集落奧の右手山腹に、永享年間(1429〜41)、熊野本宮大社よりご分霊をいただいたという熊野神社があり、土地の人は権現神社といって信仰している。

「丹波篠山五十三次ガイド」より