78 桂峯山如来寺(浄土宗)と仁木城跡(福住)
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福住バス停から徒歩約8分 如来寺は、もとは真言宗の寺院で上ノ坊と称し、永保2年(1082)に創建されたという。ここは山陰道(京街道)と摂津への道の分岐点で、周囲の数坊とともに集落が栄えていた。 その後、この寺は籾井城主の祈願所となっていた。境内には永正年間(1504〜21)に籾井城を築いたという籾井河内守照綱の石塔がある。明智光秀の丹波攻めの際に焼失し、寛永2年(1625)、閑誉上人が如来寺として再建した。 ご本尊は、阿弥陀如来(五智如来)坐像である。 南の山を仁入道山(546メートル)と呼んでおり、室町時代から丹波仁木氏の居城があった。確かな記録に、永享年間(1429)に「丹波仁木兵部少輔・五番仁木少輔入道」とあり、また、永禄6年(1563)ごろには「仁木左京大夫長政」がいたことが記されている。しかし間もなく、仁木氏は四国吉野川の上流へ移ったとされる。 工法の桂山は、福住の住吉神社が最初に祭られた場所と言われ、古歌にも詠まれている。 照る月に桂の山に家居して くもりなき世に逢いにけるかな 大江 匡房 「丹波篠山五十三次ガイド」より |