85 小田中清五郎稲荷神社と稲荷山古墳(小田中)
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小田中バス停から徒歩約5分 今から約175年前の文政年間のある年のこと、江戸両国の回向院広場の将軍上覧大相撲の最中、篠山から参りましたと、小田中清五郎ら8名の力士が現れ、全員が勝ち続けた。 これにより、時の老中・篠山藩青山忠裕公は大いに面目をほどこすことができた。後に、それぞれ領内のお稲荷さんとわかり大変感謝したという。 拝殿に8名の力士の絵馬が奉納されている。 後ろの丘上に稲荷山古墳(町・史跡)があり容易に登れる。6世紀後半に築かれた前方後円墳とみられ、全長は約28メートルである。 羨道部は真東に向いている。石室の形が変わっていて、玄室に直角に横から入口がついており、T字型古墳と呼ばれ、この種のものは郡内でここだけである。また、天井石が1個になるように、壁石をアーチ型に積んである。 横穴式石室の古墳は、大陸の形式と言われる。渡来人の墳墓だろうと推測され、奈良県明日香村出土の木簡に「旦波國多貴評草上里漢人部□□□(たんばのくに たきのこおり くさかみのさと あやひとのべ)」とあり、注目されてる。 「丹波篠山五十三次ガイド」より |