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丹波篠山の駅伝、マラソンのまちでもあります。そのいくつかを紹介します。特に高校駅伝は西脇工業と報徳というライバル校によって繰り広げられる「兵庫を征するものが全国を征する」という闘いの舞台でもあります。その中で旭化成の小島兄弟のような篠山出身の名ランナーも出ています。(篠山出身の有名人のコーナー
)
篠山町百年史より(1980年記述)
駅伝とマラソン
近年、篠山はマラソンの町として有名になった。それは、昭和45年から「兵庫県高等学校駅伝中央大会」の会場となり、51年からは「篠山城ロードレース」の会場となり、さらに54年3月には全国初の「レディースマラソン全国大会」の開催地として人気を呼び、加えて同年12月に、兵庫県で初めての「全国公認フルマラソンコース」が設定され、同時に、昭和55年(1980)から篠山町並びに朝日放送主催による「篠山ABCマラソン」の開催が決まり、知名度の高い篠山が、「マラソンの町」として一層全国に知られるようになった。
篠山城ロードレース(主催多紀郡陸上競技協会)
有名選手を招待して篠山城ロードレースを開催したのは昭和51年からである。レース距離は10キロと5キロが設定され、国道372号八上折り返しコースで、第1回の昭和51年における出場人員は10キロの部に96人、5キロの部に52人、計148人であった。第4回の1979年には、10キロの部に263人(社会人173人、高校生90人)、5キロの部に240人(社会人58人、中学生144人、女子38人)の計503人が走破した。
丹波篠山レディースマラソン全国大会(主催レディースマラソン全国大会実行委員会)
全国初といわれる女性ばかりのフルマラソン(42,195キロ)全国大会が篠山で行われたのは1979年3月25日である。女性だけの大会でもあることから大会長も副会長も、実行委員、審判長まで全部女性が当たった。設定されたレース距離と出場実人員は次の通りであった。フルマラソン 10キロ43人 5キロ93人 計191人(申込213人)
篠山ABCマラソン(主催篠山町、朝日放送)
昭和55年(1980)1月15日に第1回のABCマラソンを開催することになっており、町はその準備に大わらわである。宣伝期間が十分でなかったが、それでも、走ることのブームと全国公認のマラソンコースが篠山に設定されたことにより、参加申込者は、マラソン(42,195キロ)に367人、健康マラソン(10キロ)に447人、計814人である。関係者の間では、この「篠山ABCマラソン」を全国屈指の規模に育てたいと意気込んでいる。
篠山ABCマラソン大会全記録(1996年11月現在) |