このページは「2011年6月のトライやるウィーク」の期間中に篠山東中学校2年生のお二人に作成していただきました。多紀連山アルペン協議会のパンフレットを元に作成したページです。 ※元のパンフレットのPDF ※登山マップのPDF |
篠山盆地の北方に連なる標高600〜800mの雄大な連峰で、東西20キロに及ぶ県立自然公園である。
主峰の御嶽(793m)、東の小金ヶ嶽(726m)、西の西ヶ嶽(727m)の三峰がその象徴である。岩質は珪岩の古生層である。
四季を通じ数多くの植物に恵まれ、ツツジ、シャクナゲ、イワカガミ、オサシダ等の高山植物や、春から初夏にかけてクリンソウの群生地があり幻想的である。秋はウルシ、ヌルデ、カエデ、ヤケキ、ナラの紅葉、晩秋の雲海は特に美しい。
多紀連山の主峰であり、古くは藍波ヶ峰(らんばがみね)と呼ばれた篠山市で最も高い山である。頂上は東西二つの峰からなり、西の峰が最高峰で一等三角点があり、東の峰には行者堂がある。行者堂の中には役行者像を祀り、蔵王権現社ともいわれている。頂上からは360度の展望が開ける。
南側直下には修験道場の本山新金峰寺大伽藍大岳寺跡がある。さらにかつては数ヶ所の堂が建ち並んだという。
気象条件が良ければ、北には大江山、長老ヶ岳、東に京都の愛宕山、大阪の生駒連峰、南には六甲山や播磨灘などが見渡せる。
珪岩質の露岩が多く、頂上からは360度の視界が広がる。鎖場もあり多紀連山の中では最もアルペン的雰囲気が濃厚で、野猿の群なども見られることがある。古くは蔵王堂があったところから蔵王ヶ岳と呼ばれた。
山形は雄大で南側に多くの屋根を有し、北面は山頂から絶壁となっており無数の岩場が点在する。岩場に咲くシャクナゲが美しい。
山頂には石組みの小さなくぼみがあり、「多紀郷士史」にある『一の池』ではないか、といわれている。
御嶽と小金ヶ嶽の鞍部の峠である。修験道時代の堂跡があったといわれている。
かつてはススキ原で「ユーレイ峠」とも呼ばれたが、今では駐車場やトイレもできて公園化が進んでいる。
火打岩集落から自衛隊の手によって開かれた大たわへの車道は、北側の川阪集落まで完全舗装道となり、大たわはドライバーたちの格好の休憩場所にもなっている。
藤坂川に架かる毘沙門橋を渡り小原自然公園の中を歩き進んでいくと、「毘沙門の滝」と呼ばれる三つの滝(一の滝・二の滝・三の滝)が現れる。この滝の上に毘沙門山があり、中腹の岩窟には石造の毘沙門天が祀られている。年に一度、初虎の頃(正月の虎の日の頃)だけ太陽の光が岩窟の置くまで差し込み、毘沙門天の姿をくっきりと浮かび上がらせるという。頂上付近から雨石山まではヒカゲツツジの名所となっている。
八ヶ尾山は御嶽修験道が最初に入峰する山である。
山中にあった木造大日如来坐像(県指定重要文化財)は現在、小原の大日堂に移されている。
雨乞山であった山頂付近の展望は抜群。
笛吹き山は、山麓にある「笛の薬師」に詣でた源義経が笛を松にかけていたところ、風のいたずらか不意に鳴り出し、
それに合わせて山のほうから太鼓の音が鳴り響いてきた。以後、それぞれの山は笛吹山、太鼓山と名がつけられたという。
佐々婆神社の祭礼と流鏑馬例祭は「畑まつり」とも呼ばれ、篠山地方の三大祭りの一つに数えられている。環御が終わると、最後に「流鏑馬」の行事が行われる。長い松並木の参道など3ヶ所に設けられた的に、馬上から3本の矢を射る。10月上旬に佐々婆神社で行われる。
沢田八幡神社の祭礼に行われる大蛇退治を模した神事。10月上旬に沢田公民館で行われる。
草山地区の氏神である春日神社の祭礼に奉納される。境内に並べられた演台の上で品よく踊る。10月中旬に本郷春日神社で行われる。
滝の上の広場で丹波大峯会により「大護摩焚き」が行われる。
1月3日に倶利伽羅不動尊で行われる。
模擬田として、本殿や拝殿などで種まきから収穫までを行う。
5月10日前後の日曜日に藤坂春日神社で行われる。
筱見四十八滝多紀連山の東端に位置しており、始終(しじゅう)水がかれることのない滝が八つあるところから、この名がある。
下流から手洗い滝、弁天滝、肩々滝、長滝、シャレ滝、大滝、二の滝、一の滝で、その昔修験道行者達は、この滝で水行をして出発したという。
春は桜、夏は渓流、秋は紅葉、キャンプもできる憩いの場である。
小金々嶽の山頂から、南へおよそ7合目辺りの山懐に位置する。
樹木と下草に覆われた平坦地に苔むした礎石が散在し、中世陶磁器が採集される。
山岳仏教の全国的な盛期(平安時代末期〜室町時代)、多紀連山中に修験道の聖地として大岳寺があり、吉野大峰山に対して新金峰山大岳寺と称し、全山の中核的寺院として崇敬されていたと伝えられている。
瀬利から奥畑への左側に、八の字形をした美しい姿の八百里山(442m)がある。
古代よりこの山は、神が鎮座する神奈備山として崇敬されていた。
八百里城跡はこの山上にあって、延元元年(1336年)に畑能道が最初に築城したといわれている。
農業かんがい用水として昭和46年に総工費5億6千万円をかけて完成した。周囲3q、面積9,1ha、高さ34,5メートルのダムで、周回道路にはサクラ、カエデが植樹され、湖には魚が生息し釣り人を楽しませている。
竹田川の水を分割する栗柄谷中分水界の起点となる栗柄地区には、御嶽修験道の最終の行「水行」をした落差4メートル余りの滝壷があり、ここに「倶利加羅不動明王」が祀られている。
昭和48年頃から、機織を持ち寄り、8人で生産を再開し、昔ながらの製法による手織木綿を復活させた。
丹波地方にあった丹波布という先人の尊い遺産を再認識し、後世に伝えていくために農家高齢者施設「創作館」を建設。
丹波木綿保存会が、昔ながらの技術の継承と保存に取り組んでおり、製作現場の見学や製品の購入などもできる。
大正6年(1917年)の開湯された草山温泉は、汐谷川沿いに泉源を持っており、茶色く濁った温泉は、この地域唯一の含鉄ナトリウム塩化物強塩泉。
海水の1.5倍もの濃度を持つ褐色の湯は、万病に効くと好評で、神経痛や関節痛、五十肩、婦人病、自律神経失調症など、長期静養で温泉治癒をするのもおすすめ。
現在では、温泉だけでなく、総合リゾートとしての開発が進められ、ゴルフ場やキャンプ場、体育館などの各種スポーツ施設も整備され、四季を通じた豊かな自然と素朴な味覚が相まって、レジャーゾーンとして人気を集めている。
江戸時代はじめの寛永10年(1634年)、篠山藩士細見勘兵衛が、天台宗より曹洞宗に改めたといわれ、細見氏一族の菩提寺である。境内の古い薬師堂には、平安後期から鎌倉時代後半の作とされる本尊の釈迦如来、脇侍には普賢菩薩・文殊菩薩が安置されている。
また、毎年4月下旬から5月上旬には、境内のシャクナゲの花が咲き誇り、多くの花見客の目を楽しませている。
築150年以上を誇る古民家を再生した宿泊施設。
古き良き暮らしの豊かさを感じるひとときを堪能することができる。
藤岡奥の東窟寺から北方向へ山道を約1q登ったところに五台山の岩がある。
岩谷山(589.4m)の南側中腹にあたる「岩屋観音堂」付近に位置する。
そびえ立つ5つの巨岩からなり、観音堂背後にある洞窟と相まって、見事な景観を創り出している。
全長140m、前方部幅90m、後円部径80mを測る前方後円墳。周濠を巡らし、南北には陪塚があり、車塚の名に由来します。
墳形から5世紀中頃に築造されたもので、甲冑、刀剣、鉾が多数出土し、堅穴式石室には見事な長持型石棺が納められている。
洞光寺は、南北朝時代に建立された曹洞宗の末寺。
昔をしのぶ参道や菖蒲池などがあり、数多いモミジの老木と見事に溶け込んでいる。
特に、池の水面に映るモミジは格好の撮影スポットとなっている。
5月初旬から6月初旬にかけて、下段より順次上へ花をつけ、一本の花軸に数段輪生して花をつける様子が仏塔の先端にある九輪に見立てて「九輪草」と名付けられた。
多紀連山のクリンソウ自生地は日本有数の規模とされ、約4haに17万株が自生していると推定される。
その群落は兵庫県の湿地植生Aランクに指定されている。
毘沙門山から雨石山付近と筱見四十八滝は、ヒカゲツツジの名所として有名。
丹波には自生のカツラの木は少ないが、種別県下1位の巨木である。
谷に株立ちの形をなし、樹勢も良い。以前は県道から森のように見えたが、今は杉に囲まれ見えにくい。
(樹高約30m、幹周約12m)
多聞寺大日堂の近くに雌雄2本の木があり、地元のシンボルとして守られている。
垂乳体があるので母乳が出るように祈願する人もある。
地元の人たちは「コンコンの木」といい、正しい名前は呼ばれず、胃薬になる木として伝えられている。
凹凸が多く異様な姿は目を引くが、これほど太いのは珍しい。