裸がや(日置)

 鳥居を入ってすぐ右側に、3本のカヤの大木がある。そのうちの1本がハダカガヤで「天然記念物裸榧・大正14年内務省」と書いた石柱が立っている。今は国指定の天然記念物なのである。その実には堅い殻がなく、渋皮だけで、成熟中は、丁度大粒のブドウの実のようにみえ、大変珍しいものであり、突然変異によって生じたと思われる。
 この種子をまいても、普通のカヤになってしまう。おそらく、世界中でこの1本だけだろうと言われている。
 高さ約20メートル、目通りの幹回り約4メートル、推定樹齢は600〜700年である。 この木には次のような話がある。建武の中興に功があった足利尊氏は、新政府に重用されるはずであったが、建武2年(1335)11月には政権に敵対するものとして追討をうけるようになった。翌建武3年・延元元年1月・新田義貞・北畠顕家らの軍勢と京都で激戦して敗れた。
 丹波に逃れた尊氏は、”旗あげ”の地、篠村八幡宮(京都亀岡市)で兵をまとめ、2月初めに丹波路を播磨・兵庫へと向かった。その途中、曽地(篠山町)の土豪、内藤入道道勝の館へ立ち寄って、この八幡神社に参詣した。その際に、社僧の勝心がお菓子としてカヤの実をだしたところ、尊氏は皮をむいて社前に奉げ、武運長久とともにこの実が育って、無皮の実が成るようにと祈ってまいたのが成木したものだと伝えられている。