1997年10月号

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伝統が生きるデカンショのまち
篠山町ホームページのアドレスは
http://www.hk.sun-ip.or.jp/sasayama/

世代を越えて認め合い支え合う希望あふれる高齢化社会へ

9月15日高齢者の長寿を祝う「敬老の日」
節くれだった手顔のしわその表情には人生の重みがうかがえる
歩まれたそれぞれの人生喜怒哀楽は数え切れないほどに・・・・
1996年の平均寿命(厚生省)は女83.59歳男77.01歳
文字どおり世界一の長寿国となった我が国の現在社会
その訳は恵まれた環境なのか再び戦禍を招かなかったことからか

ふとこれからの長寿社会を考えるとき
世代を越えて認め合い支え合う人間関係そして住み良い環境醸成
何よりも人間の尊厳がどれだけ育まれているかが大切な要件となるのでは・・・
(1)
美智子さんのまちかどレポート

ふる里新発見伝6


知られざる秘境 小原・毘沙門洞(毘沙門天)を訪ねて

残暑がことのほか厳しかった今年の夏。しばし涼を求めて9月3日、篠山町東部に位置する町指定公園・小原自然公園に向かいました。篠山町にまつわる数多くの郷土史(誌)が出版されているにもかかわらず、この毘沙門洞に関する文献は皆無に近いのです。昔からの語り継がりだけで存在しているのに、今も参拝者が後を絶たないのは不思議な気がします。

早速、毘沙門洞・滝のある清涼の地へご案内しましょう。








案内していただいた畠中英一さん








●毘沙門洞への道のり


毘沙門洞が位置する「雨石山」には、一ノ滝・二ノ滝・三ノ滝があります。

ふもとから登り始めて十分余り、一ノ滝に到着しました。このところ晴天が続き、水不足が心配されていたころなのに、途切れることなく水が流れていました。早くもバテ気味の私は、飲みたい気持ちを抑えて、澄んだ冷たい水で手を洗うだけにしました。

そこから洞窟までは二十分ほどです。かなりの勾配があり、「あーしんど…」と言う元気もなくなりました。汗がふき出ます。同行してご案内いただいた畠中英一さん(小原)の健脚ぶりに驚きつつ、必死で登り続けました。

暑さも最高潮に達したころ、洞窟に到着。自然のものとは考えられない巨大な造形です。一歩足を踏み入れた途端、汗がスーッと引きました。水もわき出ています。一ノ滝でも見られましたが、お賽銭、お酒が供えられています。道中、畠中さんが「度々のぼった形跡が見られます。枯れ葉が粉々だし、荒れていません」と言われていたとおりです。

●伝統の行事「初寅さん」(はつとらさん)


この洞窟には毘沙門天洞が祀られています。毎年の1月、最初の寅の日に、夜明けとともに地域の人々がお参りする「初寅さん」が行われています。これには前日からの用意が欠かせません。禰宜(ねぎ=当番)さんは、毘沙門天ののぼりを立て、ランタン(=明かり)を100メートルおきに登山道に設置します。お供え物として、鯛の尾頭付き、野菜、鏡もち、お神酒、しめ縄。洞窟内でたき火をするためのたきぎも必要です。それらの必需品を一月の雪降る中、雪かきをしながら持って登るのです。大雪の降った一昨年は、さすがに登れなかったらしいですが、長年続けてこられた行事をここで絶やすことはできないという地域の人々の強い信念があってこそ続いていることを教えられ、ますます感心いたしました。

「初寅さん」の日は、洞窟で6時半ごろに日の出が見られます。洞窟内は、たき火の煙で何も見えません。その中を一筋の光が差し込みます。そしてその光りは、ナント!、洞窟内の地上10数メートルの位置に正面を向いて祀られている毘沙門天像に、一寸のちがいもなく当たるというではありませんか。洞窟は自然にできたものです。石像に光が当たることまで考慮して設置されたとは到底考えられません。まさに神秘そのものです。一度この目で確かめたい衝動に駆られましたが、この山道を雪の降る中登ることを想像すると…。

毘沙門洞を後にして、二ノ滝、三ノ滝へと進みました。三ノ滝でも、お金が供えられていました。ここでは、ごくたまに、白い衣を身につけた女の人が「水垢離(みずごり)」をしているのを見かけることがあるそうです。畠中さんの説明によると、これは平安末期に盛んに行われていたという、三嶽修験道「山岳信仰」として、山伏が修行する経路にこの地域が入っていたからだとも伝えられているそうです。

●大日堂と伝統行事


さて、小原地区は、毘沙門洞よりも、大日如来座像が安置されていることでよく知られています。堂内では、7月28日の「数珠繰り」、8月28日の「盆踊り」、1月28日のお参りの日と、昔からの行事が世代交代を経ても受け継がれています。前述の「初寅さん」にも、「遠くに行っている、子や孫が帰ってきて登ってくれます」と話される畠中さん。その笑顔がとてもうれしそうでした。

大人たちは日々の生活に追われ、子どもたちもストレスを溜め込んでいる今日、地域の諸行事に参加するのもおっくうになりがちです。でも、数10年後、自分たちが年老いた時のことを考えると、無理のない範囲で存続させる大切さをひしひしと感じたひとときでもありました。

●私のおすすめポイント


小原の毘沙門洞(毘沙門天)、そして一ノ滝、二ノ滝、三ノ滝

と涼を求めて歩く登山道も良し。秋は大日堂の紅葉(大銀杏)を観賞するコースも入れて、ハイキングコースにするには、絶好のおすすめのポイントです。

 一度ぜひ皆さんも訪ねてみられてはいかがでしょうか。心が洗われ、心豊かになる自分を再発見されることでしょう!。

(3)
TOWN NEWS まちのわだい
●日置地区で住民参加型防災訓練を実施

 夏休み明けの9月1日、日本チバガイギーと日置小学校で防災訓練が行われました。
 日置小学校では、九時過ぎに非常ベルが鳴り、日置小学校・城東中学校の児童・生徒たちや、かやのみ幼稚園の園児たちが同校グラウンドへ避難。サイレンが吹鳴している中、周辺の住民の方々も同グラウンドへ避難しました。 
訓練では、消防士の方たちによる「三角巾」の使い方の説明があり、2人一組でペアになり実演。その他バケツリレーや消火器を用いての消火訓練が行われ、有事の際の初期消火や、日ごろからの防災知識を身につけることの大切さを学ぶことができました。
 
●篠同教研究大会で人権ふれあいコンサート


篠山町同和教育研究大会「人権ふれあいコンサート」が9月23日、たんば田園交響ホールで開催され、終日、人権擁護の推進を図ろうと確かめ合う参加者皆さんの熱気に満ちた大会となりました。
大会では、1996年度町教育委員会制作の人権啓発スライド「くらしの中で磨き・磨かれる人権感覚」を上映。そして、この日のメイン、音楽アーティスト・時田直也さんによる「人権ふれあいコンサート」。軽やかなピアノの音色がホールいっぱいに広がり、心温まるひとときともなっていました。

●山ゆりホームに舞妓さんあらわる

 9月5日に、京都・祇園町の舞妓と芸妓が特別養護老人ホーム「山ゆりホーム」を訪れ、お年寄りの皆さんを励ましました。
 まず芸妓の二人が登場し、扇を華麗に使って「曙」を披露。その後、舞妓の三人が「祇園小唄」を踊り、三味線の音に合わせて手をたたくお年寄りもいて、会場は華やかな雰囲気に包まれていました。
 踊りが終わった後、「きれいやったなあ」「かわいいなあ」とみんな大喜びの様子で、中には舞妓さんたちと記念撮影をするお年寄りも。舞妓さんたちは笑顔で応じて、楽しいひとときとなりました。
●多紀が建設大臣表彰受賞


このほど、多紀ライオンズクラブ(谷舗亘会長、20人)が建設大臣表彰を受けられました。
同クラブの受賞は、26年間にわたり国道173号線のゴミ収集など大規模な美化清掃奉仕を毎月続けられていることが認められ表彰されたものです。
 この他、同クラブでは、老人ホームの慰問や青少年健全育成の支援活動、「高齢者のゲートボール大会」の主催など、さまざまな活動を展開。地域の皆さんから感謝の声が聞かれます。
●阪神・丹波地域交流先人顕彰劇「市原清兵衛」大好評!!

 伊丹市と篠山町を結ぶ「酒造り」を通して、丹波杜氏の出稼ぎ解禁の直訴をした先人「市原清兵衛」を描く先人顕彰劇が8月31日に、たんば田園交響ホールで演じられました。
 当日は立ち見が出るほどの大盛況。出演は、伊丹市の演劇グループの皆さんと、地元丹波地域の演劇愛好者の皆さん。演出家・一杉忠さんの指導のもと、それぞれが忙しい中練習に励み、当日を迎えました。特に伊丹市と丹波地域の方々とが合同で演じるシーンは合同練習の時間もなかなかとれなかったということですが、当日は失敗もなく大成功。また、ラストの直訴のシーンでは清兵衛の訴える姿、そしてそれに応える「殿様」とのやりとりに観客からは大きな拍手が贈られていました。
●各地で「敬老会」開催される

 9月15日は敬老の日。この日にちなんで、各地で敬老会が開催されました。
 取材にいったのは、八上地区。会場の八上小学校では、100名近い方々が集う中、校舎築60周年記念式を兼ねた敬老会が行われました。
 そこでは歓迎セレモニーとして、「敬老の日おめでとうございます」と、八上小学校6年生による「呼びかけ」があったり、米寿を迎えられた方や80歳になられたご夫婦などに町長からお祝いの品が手渡されたりしていました。また、演芸ショーでは腹話術や漫才、手品などを披露。漫才に手をたたいて笑う方もいれば、手品に驚嘆の声を発する方もいたりと、会場は楽しい雰囲気に満ちていました。
(4)
ぼくとわたしの作品らんど
 
 岡野小6年
岡本 美佳さん
岡野小1年
あらかわ きょうすけちゃん
「ざりがにとぼく」
 大芋小6年
山田 健太くん
いねかり

”ゴーゴー ゴーゴー”
いねかり機の音が 聞こえる
ぼくにとっては うれしい音
わけは 二つ
           
広くて大きい遊び場ができるし
なくなっていたボールがたくさん出てくるから
そしてもう一つは
新しいお米
何日かたつと
おいしいおいしいごはんが食べられます

 大芋小4年   荒木 俊成くん  
(5)


頭でなく手で覚える

 中尾さんは竹製品の制作を続けられて、かれこれ六十年。小学校を卒業後、本格的にこの世界に足を踏み入れることとなりました。
 今回の取材でお訪ねしたときは、玉入れの籠を制作されている最中でした。しばらくの間、中尾さんの手さばきに見とれてしまうほど、早くしかも正確に竹を組んでおられました。
 竹には、真竹や淡竹、煤竹に黒竹など様々な種類があり、主に使用されるのが真竹と淡竹だそうです。真竹は青くてきれいで、淡竹は面が白っぽく、節が硬いけど割りやすいという性質があります。その竹を割るのが難しく、全国的にも竹を割る職人さんが少ないという状況の中で、中尾さんは京都の提灯屋にも提灯の骨を供給されているとか。「竹を割るだけでも、体得するには2〜3年はかかるでしょうね」「竹のつらを見たら硬いか柔らかいかわかります」「勘で制作する部分が多いですね」というお言葉から、「頭で覚えるのではなく手で覚えるのが大切」と言われたことに、竹を自在に操ることの難しさを感じました。
 また、「満足いくものは1年に1つあるかないかですよ」と笑顔で言われる言葉の裏には、常に前向きに全力で取り組んでおられる姿勢が垣間見えて、とても印象に残りました。
ひと


乾新町
 中尾 清さん(75)
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