大自然とのふれあいで心身ともにリフレッシュ! 新緑の多紀連山(御嶽) 弥十郎ヶ岳の「山びらき」 額に汗して頂上をめざす 途中 出会った知らない人たちと交わすあいさつ 初めての出会いでも ハイカーのエチケットがすがすがしい やがて登頂すれば 疲れを忘れて充実感・達成感にひたれる そして さわやかな風は心と体をやさしくいやしてくれる 眼下に広がるのは ふるさと篠山のパノラマ景観 日常の目線が変わることで 客観的な自分自身を見つめられた 自然とのふれあい出会いの人々とのふれあいは また一つ人間を 大きく成長させてくれたような気がする… | ||||||||||||||||
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●版木の漢学書に驚嘆! 篠山のシンボルであり、ふるさとを思い出す時、必ず心に浮かぶもの…!それは、町の中心にあるお城ではないでしょうか。その昔、篠山城の城主(青山家)の別邸として建てられたもので、現在は青山家累代所蔵の貴重な文化財が保存され、「青山クラン美術館」として公開展示されています。青山クラン美術館は、篠山郵便局前の賑やかな表通り(大手前通り)から西へ少し入ったところにありました。入り口の「武家屋敷長屋門」(=篠山町指定文化財)が印象的です。 長屋門から入ってまず目についたのが、大きな石ひつです。これは、貨幣司(役所)のあった現在のさくら銀行の床下に埋められていた「地下金庫(石造金びつ=町指定民族文化財)」で、全国的にも珍しい大型のものだそうです。 右横には、蔵を移転改築した展示館(=振徳版木館と「古文書館」)があります。早速、館長の畑治男さんに案内していただきました。はじめに何といっても特筆すべきは、壁一面にぎっしりと展示されている版木(=漢学書)に驚きました。その数1200枚余り。第十八代青山忠裕公が、この版木で漢学書を印刷し、藩校の教科書として刊行させました。墨で黒くなっていますが、間近に見てみると、山桜模様の板地に明朝体で刻まれた文字の緻密さ、美しさは驚くばかりです。200年たった今も当時のままで保存されています。忠裕公は江戸幕府の老中を32年間勤め、業績の多い方だったそうです。とりわけ教育の向上発展に対する情熱は並々ならぬものがあったそうで、21代忠誠公に受け継がれた明治維新の激動の時代には、鳳鳴義塾を開校するにいたっているとのこと。当時、彼の人生訓は「学舎は焼くとも、教育焼くな」と言ったそうです。 ●絵の描写に思わず見とれて… 次に説明いただいたのが篠山城石垣修理伺」の図面です。守備を二重、三重に固めた堅固な城の造りに感心させられました。また、城下町を克明に記した地図もあり、現在の町並みと比べてみるのも楽しいものです。つい最近、大書院の上棟式が行われましたが、大書院に飾られていた「金屏風」、「杉戸」も展示されています。狩野(かのう)派による絵は、豪胆にして繊細、金箔(きんぱく)・絵の具とも当時のままの艶やかさです。 二階に上がると、室町時代のお伽話を題材にした絵巻物「鼠草紙絵巻(=町指定文化財)」が展示されています。ねずみの嫁取りの話ですが、人情の機微をついた話のおもしろさと、当時の風俗を丁寧に描いた絵の巧みさは、とても魅力的です。教訓性や仏教色も伺えます。また、珍しい源氏物語絵図「須磨・明石の巻(=町指定文化財)」もあり、流れるような仮名、生き生きとした絵の描写に、思わず見入ってしまいました。 紙面ではすべてをお伝えできないのが残念ですが、展示物には「印判」「古今和歌かるた「衣装」、地震があったことを記した古文書など、当時を知る手掛かりとなる資料がたくさんあります。 ●ガイドが伴えばより感動が! 現在の篠山町の原型が造られた江戸時代。その歴史の遺物にじかにふれ学んだ後は、「桂園舎(=青山家別邸)」の和室の間から庭園を眺めるもよし、静かな庭に出てホッと一息つくと心が和みます。皆さんも、毎日の生活からちょっと抜け出して、歴史ロマンの散歩をしてみませんか。管内のガイドが伴えば、一層充実した印象深い鑑賞が楽しめます。ご希望の場合は、大正ロマン館(TEL 52−3380)に問い合わせていただき、来館一週間前までに申し込みすれば案内が可能だとのことです。「青山歴史村」をぜひ訪ねてくださることをお勧めします。 | ||||||||||||||||
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