超高齢化社会に対応する介護保険制度の定着を願って!
1997年「介護保険法および施行法」が衆・参両院で可決成立
2000年4月から「介護保険制度」がスタートする
猛スピードですすむ少子化と超高齢化社会
兵庫県の高齢化率は15.6%という
ところが篠山町の高齢化率は26.0% 篠山は県平均をはるかに上回る
この状況下で 介護を必要とする高齢者の数も増加が見込まれる
老後の介護の問題は 将来に最大の不安としてある
それだけに 社会全体で支え合う介護サービスの仕組みは不可欠
「介護保険制度」は 安心して暮らせる将来の篠山を映すバロメーター
一日も早い 制度の理解と普及が待たれる…
※高齢化率は1998年2月現在の基本より |
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介護を社会全体で支えあう 「介護保険制度」が始まります
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2000年4月から「介護保険制度」がはじまります。「介護保険制度って何だろう?」とふと疑問に思った「ねんりん君」。わからないことをすぐに知りたがる彼は、早速町役場の篠山さんにこの介護保険制度について聞きに行くことにしました。
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■こんにちは。あのー、介護保険制度のことについてちょっとお尋ねしたいんですけど…。
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こんにちは。介護保険制度のことですね?どういったことでしょうか。私が承りますが…。
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| ■どうして今「介護保険」が必要なんですか? |
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わが国では、急速に高齢化が進んでいます。特に介護を必要とする高齢者の数は毎年10万人づつ増えています。
今や自分や配偶者が高齢となった時の介護の問題が、老後の最大の不安となってきていますよね。
でも、介護が必要となった場合、現実には家族だけで介護を行うのは非常に困難になってきています。介護が必要な期間が長期化したり、介護する家族の高齢化等が進んでいるからなんです。
そこで、介護を社会全体で支え、利用者の希望を尊重した総合的なサービスが安心して受けられる仕組みをつくることになりました。それが「介護保険制度」なんですよ。
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■なるほどね。介護保険になれば、何が変わるんですか? |
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主な変更点を挙げてみましょうか。
(1)利用者がサービスの種類や提供事業者を選ぶことができます。
(2)原則40歳以上の人から保険料を徴収します。
(3)今まで別々に提供されていた福祉サービスと保険・医療サービスを総合的・一体的に受けることができます。
(4)民間企業などサービス提供事業者が多様化し、効率的で良質なサービスが受けられます。
ざっとこういったところですね。
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| ■そうすると、保険料はどれくらいになるんでしょうか? |
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介護保険は、町が保険者となります。その加入者はその町に住む65歳以上の方全員(第1号被保険者)と40歳以上65歳未満の医療保険に加入している方(第2号被保険者)となります。徴収される保険料は所得に応じて決まります。
第1号被保険者と第2号被保険者とでは仕組みが違いますので、別々に説明しますね。
(1)65歳以上の方
前年度の所得によって、市町村ごとに5段階の所得段階別保険料となっています。そして、老齢基礎年金等の受給者で年金額が一定額以上(月額3万円以上で検討されています)の人は年金から天引きされます。それ以外の人は個別に町に支払っていただくことになります。
保険料額は、2000年度では全国平均1人あたり月額2,500円(平成7年度価格)と見込まれています。
(2)40歳以上65歳未満の人
それぞれが加入している医療保険の算定方法によって決まります。
そして、現在支払っている医療保険と一括して支払っていただくことになります。保険料額は、同じく2000年度では政管健保が被保険者一人あたり平均2,600円、組合健保が被保険者1人あたり平均3,400円、国保が加入者1人あたり平均1,200円と見込まれています。なお、保険料の半分は事業主または国の負担となります。 |
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■僕でもサービスを受けられるんですか? |
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寝たきり、痴ほうなどで常に介護を必要とする状態(要介護状態)になったり、常に介護は必要ないけれども家事や身仕度など日常生活に支援が必要な状態(要支援状態)になったときに、介護保険からサービスが受けられます。ただし、40歳から64歳の人は、介護が必要になった原因が、初老期痴ほう等老化にともなう病気による場合に限られているんです。
具体的な手続きは上記のとおりです。 なお、介護認定には有効期間があります。その期間は、現在国において3〜6ヵ月の間で検討されています。ですからこの有効期間が切れてもさらに介護の必要があれば更新申請をしていただく必要があります。 |
■サービスを受けたときに、いくらか自己負担金はあるんですか?
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サービスをご利用された場合、かかった費用の1割を負担していただことになります。さらに、施設入所の場合など食費についても利用者負担があります。
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■あっ!もうこんな時間!子どもと出かける約束してたんだった!もっと詳しく知りたかったのに…
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そうなんですか。それは残念ですね…。今日は介護保険の概略を説明してきましたが、説明しきれなかった事項がまだまだたくさんあったんですよ。 例えば、低所得の方への配慮措置や保険料の滞納に対する措置とか…。
お時間があるときにまた来ていただくか、役場福祉課高年福祉係(52-1111)までいつでもお電話ください。お待ちしております。 |
■大体わかりました。ありがとうございました。
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ふるさと新発見伝13
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―悠久の歴史―
春日江熊按神社を中心に 結び育んできた地域の和
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| 今月号の「街かどレポート」は、篠山町春日江の人々が依りどころとする「熊按神社」。古くから守られてきた神社の伝統行事、悠久の歴史を振り返り、今も、そしてこれからも続く相互に助け合う村づくりのありようについて、地元総代・太野垣明男さん、宮総代・岸本守さんにお尋ねしました。 |
●熊按神社のいわれから
春日江は、古き昔から地元の氏神さんとしてお祭りされてきた熊按神社があります。この神社にまつわるいわれ・年中行事についてお尋ねしました。また、関連して地域では古くから「こいのぼり」をあげてはいけないとされてきました。なぜあげてはいけないのかは今一つ納得できませんでしたので、このことについても調べてみることにしました。
6月3日(水)に、春日江部落の総代・太野垣明雄さんと、宮総代・岸本守さんを訪ねお話を伺うことができました。
熊按神社は、篠山町泉から春日江へ続く道を北上して、山麓右側の老木の森に囲まれているのが現在の熊按神社です。全国で唯一この名をもつ神社で延喜式」の神名帳に記載されている古社。1050年には、すでに祭られていたということです。その由緒や古い記録には、創建年月日が不祥とあり、祭神には「皇大神」「応神天皇」、「天児屋根命(あまのこやねのみこと)、上筒男之命(うわつつおのみこと)」「熊野久須昆命(くまのくすびのみこと)」他で、神社調書によると、主祭神の皇大神を熊按大神とし天照大神(あまてらすおおみかみ)のことであると記しています
●ご神体は神秘なベールのままに
さて、春日江村は古くは田半滝(たばたき)村と呼ばれたそうです。多紀郷土史考の「熊按神社」の解説を引用すると、一説に(たまはたき)といい「これは神幣のことであり、分けて神に奉仕する曽我部の郷であるから『玉帚(たまはたき)』が当然である」と書かれていました。そもそも春日江の熊按神社は、現在の公民館所在地にあったもので、熊按神社と三嶽山・円満院が一緒に祭られていたそうです。
寛政4年1月4日、火災により焼失。その後、慶応元年に神社と寺を分離し、現在の熊按神社の地に再建。再建された寺院は、正平16年(1351)に極楽山・観福寺と名を変え、現在の地に再建されたそうです。
熊按神社には、きれいな女の神さんが祭られていると聞いていたので見せてもらえるかなと思っていたのですが、これまで非公開であったため、やぱり公開はできないとのことで残念でした。そこで宮総代の岸本さんが保存されている古文書に「写し絵」があるとのことで、見せてもらうことができました。 その「写し絵」は、まるでおひな様のようでした。実際のご神体は、色彩もそのままの美しい状態で、絵馬とともに祭られているとのことです。いつか機会があれば見てみたいものだと思っています。
また、観福寺には江戸時代の高僧・鉄眼(てつげん)和尚が全国を行脚し、托鉢(たくはつ)して作り上げたとされる「大般若経」(=曽地の四十九院塔頭『たっちゅう』である龍泉寺から移された手書きの書)が保存されています。
●人と人とを結ぶ伝統行事
春日江にはこんなにもたくさんの歴史的財産に恵まれてきました。太野垣さんのお話によると、春日江公民館の前にそびえる榧の木は、寛政4年の火災によって現在の姿になったということです。昔はご神木のように取り扱われ、参道前では糞尿の禁止はもちろん、葬儀の場合には前を通ってはいけないとされてきたそうです。
昔からの村行事が行われている現在。1月には伊勢講から始まり行者講、さなぶり祭り(運動会を兼ねる)、明神講、すずみ講、そして毎年盛大に行われる秋の熊按神社のお祭り…。
知らないままに、神事に参加をしているということがありますが、「行事の簡素化や不合理な部分は改めつつも、人と人とのつながりを大事にする意味での村づくり、伝統行事を残していきたいものです」と総代さんは話されます。
私も地元にいながら、このレポートの機会があるまで知らないことがありました。昔から村の人たちが苦労して伝承してこられたことが忍ばれます。
さて、最初にも述べましたが、なぜ、春日江には「こいのぼり」があがらないのか、という疑問ですが、それは、「人々の競争や争いごとが起こらないよう、また見栄のはりあいをしないよう、お互いが助け合いいたわりあう心豊かな村になるようにとの申し合わせから」その心配りからだそうです。
歴史のある村に、よき伝統を次代に受け継ぎ、総代さんを中心にみんなが協力し、まとまりのある村づくりに一層努めていきたいものと痛感しています。
| 1998年度街かどレポーター |
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風深
浅井 歩さん |
春日江
太野垣美由紀さん |
福井
森本浩子さん |
和田
小林一二三sん |
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