感性豊かな子どもたちを育む 大人社会の役割とは?! 「手あそび」に興じる子どもたち 歓喜の声は部屋中にひびきわたる 子どもたちの心が集中して一つになった瞬間だった 「ひとつ心一つところにじっとしていない」 これは10数年前某劇団の舞台劇での台詞であった 人はいつの時代もあくせくと何かを求めている 人はいつの間にか心落ち着く時を忘れてしまう せめて子どもたちの多感な時期に豊かな感受性を磨いてやりたい 翻ってやさしさや温もりが教えられるのは大人の役割か まずは大人が心を一つに共感できる機会が必要なのかも… 写真は、本郷図書館・「かみしばい大会」より | |||||||||||||||||||||
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特集インタ ビュー
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ふるさと新発見伝14
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篠山町は、東は京都府、南は大阪府に続いています。古くから山陰道の要衝の地として発展し、中世には八上城が、近世には天下普請の篠山城が築かれ、丹波一円を統治した舞台に。特に、篠山城を拠点とする市街地形成に、そして人々の暮らしの中に「歴史の十字路」となり大きな役割を果たしてきました。 この山陰道によって影響を受けた篠山には、城下町、武家屋敷、宿場町、商家など今もなお、その時の歴史を刻んだ名所が数多く残っています。 そこで、今回は、古代から山陰道・丹波の入り口であった篠山藩領の東の宿場町・福住(昔は「福泉」とも書いた)から、篠山城築城に伴って形成された市街地の町並み・河原町までの旧街道をたどり、歴史のまち・篠山の名所を訪ねてみました。 まだまだ紹介しきれないほど、たくさんの史跡・名所を訪ねることができました。すべてを紹介できなくて残念です。いつも何げなく通っている所に、歴史(由緒)ある名所がこんなにもあるのかと大変驚いています。 何も知らなかった私が今回、旧街道をレポートすることで、昔の篠山に少しでも近づけたと思っています。そして後世に語り伝え、歴史の道しるべを残していくことの大切さを「歴史街道」に沿って学ぶ中で、一層篠山への愛着が生まれてくるものだと実感いたしました。
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