丹波篠山デカンショ節100年 明日へ受け継ぐ!! 今からちょうど100年前、1898(明治31)年 房州館山・江戸屋旅館で旧制第一高生らが出合った 丹波篠山「デッコンショ」 歌詞や唄のリズムは 蛮カラ・高ゲタのいでたちに合っていた 当時の学生気質に豪気朴訥なひびきがマッチしていた やがて学生「書生歌」として広く愛唱されたのは必然といえた そして はやし言葉も「デカンショ」に… ヨオーイ ヨォーイ デッカンショ! かくして丹波篠山「デカンショ節」は生まれ 歴史を刻む 来春 新「篠山町」となって また大きな第一歩を記すことに… 「デカンショ節」が 篠山の愛唱歌としてさらに大きく受け継がれていく | |||||||||||||||||
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ふるさと新発見伝16
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「うさぎ追いし かの山 小ぶな釣りし かの川 夢はいまも めぐりて わすれがたき ふるさと」。今はあまり歌われなくなりましたが、この歌を口ずさむとき、私は丹波の里山が心に浮かびます。幼いころ、遊びに来た篠山。福知山線で竹田尾渓谷を真下に眺めながら、幾つものトンネルを抜けると、パーッと広がる田園風景。もうワクワクして着くのが待ち切れませんでした。あぜ道・小川・土手が遊び場で、めだかが泳ぎ、ホタルが舞い、野花が咲き誇るさまに子どもの冒険心を満足させてくれる自然がありました。「そんな感動にもう一度逢いたい!」という思いから、今回は、家族で手軽に自然と遊べるところはないかと探してみました。
篠山町は、北は県立多紀連山県立自然公園、南は県立猪名川渓谷自然公園に囲まれた風光明媚な篠山盆地の中心に位置しています。まず、その多紀連山の東の麓にある筱見四十八滝公園に行ってみました。途中、山際の道で野猿がさっと車の前をかすめるように横切ったのでびっくりしました。山里では猪や鹿が出てきてもおかしくありませんね。ここは、多紀連山を源とする清流が、深い森を通る間に八つの滝となって流れ落ちるところです。これらの滝が始終涸れることなく流れていることから、その名が付けられたそうです。
登山口では、休憩所・広場・炊事場・トイレがあり、ここならキャンプや飯ごう炊さんが楽しめます。ただ残念なことに、ごみ箱のに捨てられたごみを野猿が荒らしたのか、使い捨ての食器が散乱し、空き缶がゴロゴロ転がっていました。この森林公園は地元の方々の管理もあって本当に美しく保たれています。しかし、ごみの散乱状態はあまりにもひどいのが気になります。篠山町公民館では、キャンプ使用の許可証を出したり、ごみは持ち帰ってもらうよう掲示をしたり、口頭でもお願いしているそうですが、なかなか徹底できないようです。最近では、京阪神間からのハイカーも増えたそうで、モラルの向上ともに何か対策を考えないと、放っておいたら美しい自然が簡単に壊されてしまいそうに思います。 浜谷水辺の里公園で ![]()
次の目的地への道すがら、車中から絵のような田園風景を眺めていました。もう稲刈りの季節です。多紀のなざらかな山々を背景に、広がる黄金色に輝く稲穂の海。まるでそこに溶け込むように働いている人々。丹波人にとって自然とは、レジャーなんかではなく生きることそのものなんだなあと実感しました。おいしいお米・黒豆・山の芋…、みんなこの土の恵みです。
と考えているうちに、盃山の麓にある「浜谷水辺の里」公園に着きました。山裾の静かな池を巡る散歩道。さまざまな広葉樹が植えられ、その一つひとつに丁寧に名札が記されています。 ぶらぶら歩いていると、郡家にお住まいだという親子連れに出会いました。坊やがこの公園をお気に入りで、よく来られるそうです。「土日には釣りを楽しむ人がいたり、憩いの場にしたりする人がいます。こういう公園が増えればうれしいですね」と話されている間に、水辺にいた坊やが靴を履いたままジャンプ。そのまましゃがんで肩まで浸かってしまいました。あら、服がびしょぬれだわ、と思っていると、お母さんは着替えの服をちゃんと持ってきておられました。思わず水に入ってしまった幼子。それを温かく見守るお母さんの親心が感じられ、ほのぼのとした気持ちになりました。 「自然」とお話ししながら、夢中になって遊ぶことのできる子ども時代を、次の世代に伝えていきたい。「丹波の美しい自然よ、いつまでも」と願わずにはおれませんでした。 | |||||||||||||||||