1998年11月号

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伝統が生きるデカンショのまち
篠山町ホームページのアドレス
http://www.town.sasayama.hyogo.jp/


本物志向の声にこたえられた丹波篠山味まつり   

篠山町3大イベントの真打ちを飾る 丹波篠山味まつり
今年で はや13回目を迎えた
そして 町を訪れる人々は 年々増えてきて
この3日間で 延べ約18万人の人出があったという

山の幸・松茸は天候のかげんか 店頭に並ぶ姿は少なかった
その分野の幸・丹波黒大豆の枝豆は飛ぶように売れていた
篠山は 「秋の味覚が豊富にある」と一様に評判が高い
町中が いま特産物であふれている
グルメ 本物志向を求める人々に
自信をもってこたえられるこの時期は 特にうれしい気がする
(1)
!―
里から山から
旬の味覚をたんのう 丹波篠山味まつり
!
篠山の秋をたんのうするビッグイベント「丹波篠山味まつり」が10月9日〜11日の3日間にわたり行われ、延べ約18万人の人出でにぎわいました。人気はやはり、丹波黒枝豆。早朝より町内の農家から山と寄せられ枝豆の束も昼ごろには完売となっていました。連日、猪汁・ゆがいた枝豆のふるまい、また10日には篠山牛の「丸焼き」コーナーなどに長蛇の列がいまや恒例となった光景に。メイン会場の特設ステージでは舞踊や歌謡ショーなどが行われ、来場者に安らぎの清涼感を与えていました。
10月9日、第13回の「丹波篠山味まつり」は、デカンショ娘の鏡開きで開幕。初日は金曜日でもあって、会場周辺の人々の姿はまだまばらな状態でした。ところが、昼近くなるとやはり名声がとどろいているのでしょう、どこからともなく祭りを楽しみにされてきた人々が続々とメイン会場に集まってきました。

お目当ては、やっぱり丹波黒大豆の枝豆です。生産組合の売り場では一日約四トンの枝豆を搬入したというだけに、束にした黒枝豆が山のように積まれていました。初日の朝でこそ出足がにぶい様子でしたが、昼前には飛ぶような売れ行きが見受けられました。
最近では、丹波の黒豆はヘルシーで美容と健康によいと、そのPR効果が広がり、ひときわ高い関心を呼んできました。味まつり会場での光景を見る限り、人々の嗜好にピッタリとマッチしたのでしょう、丹波黒大豆がいまや篠山ブランドとしての人気を不動のものとしている様子が伺えました。


「篠山の味覚」をPRするのは、猪汁・ゆがいた黒枝豆などの「ふるまい」コーナーと、恒例となった篠山牛の「丸焼き」コーナー。いずれも早くから長蛇の列が続き、待ち時間の間に、会場いっぱいに漂う芳香感が行き交う人々を印象深く引きつけていました。


また、メイン会場の特設舞台では、連日さまざまな舞台芸が披露されました。中でも11日の昼時の大道芸「ガマの油売り」のときは、場内が黒山の人だかりと呼ぶほどに大勢の人々があふれ、笑いと歓声の渦がひときわ広がっていました。連日、天気もよく、場内周辺の味わいコーナーで軽食を食しながらのひとときは、家族連れや若いカップルたちの憩いの場となりました。


一方、河原町商家の町並みを生かした市街地事業「河原町会場」でも、行き交う人々は多くなり、若干、中央会場とはちがった人気を呼んでいました。 河原町会場は、町並みの落ち着きからくる印象でしょうか、時間の経つ速度がゆるやかに感じられました。
今年新しく改築された山蔵の前で、懐かしの「ポン菓子」があったり、チンドン屋が通りを盛りあげたりして、古風な味わいを際立たせる篠山らしさの一面が感じられていました。

「丹波篠山味まつり」協賛
―デカンショ節 100年記念事業―

デカンショ節誕生物語に感動の声多く

丹波篠山味まつりに協賛して、デカンショ節 100年記念事業が10月10日、たんば田園交響ホールで開催されました。

明治31年に青山忠允(ただこと)一行が避暑地・房州館山(現在の千葉県館山市)「江戸屋旅館」で歌った、「デッコンショ節」。当時ここを寄宿舎としていた一高(現在の東大)水泳部員が一行から歌を教わり、やがて、これを「学生書生歌」として広げて「デカンショ節」となったという一説を演劇で披露。演じたのは、いま売り出し中の篠山演劇サークル・花いちもんめの皆さん。

 交響ホールの会場には、約 600人の観客が詰め掛け、演技者と観客が一体となった「デカンショ節」誕生物語りを観賞して、さわやかな感動が生まれていました。

なお、この演劇の後には、茨城県磯節保存会の福田佑子会長(クラウンレコード専属・民謡師匠)を招いての、“デカンショ”トークショーや、民謡・福田佑子の世界と題する歌と踊りのショーが行われ、デカンショ節 100年にふさわしいひとときが楽しまれました。
福田さんはトークで、「デカンショ節を身近な家庭・地域・学校で、子ども時分から歌い育てることが大切」などと話され、パネラーの谷田治さん(デカンショ節保存会)や、西尾昭さん(デカンショ節 100年記念事業実行委員長)とともに、「デカンショ節」を語る座談会の必要性が強調されるなど、この日、デカンショ節を末長く継承・発展させていく意味からも有意義な節目の日ともなっていました。
(2)


みんなが加入者です!国民年金


めざましい医学の進歩や生活環境の変化により、日本人の平均寿命はますます延びています。そのため、長い老後の生活をいかに過ごすかが注目され、国民年金は大きな役割を担っているともいえます。
11月6日から12日は年金週間。今月は年金があなたの老後を支える身近で大切なものであることを、今一度考える機会にされてはいかがでしょう。

世界一の長寿国日本

 厚生省の「平成九年簡易生命表」によると、日本の平均寿命は男子が77.19歳、女子が83.82歳で世界最長寿を維持しています。
 簡易生命表は、各年齢の者が平均してあと何年生きられるかを示す「平均寿命」を各年齢ごとに計算した表で、このうち0歳の平均余命を「平均寿命」といいます。


キチンと納めて将来安心!−毎月の積み重ね−

 平成9年の調査では全国の高齢者世帯の半分が所得の100%を公的年金に頼っており、老後生活を支える大切な柱となっています。
 年金制度に加入し保険料を納めていくことは、将来、年金を受けるための「権利」を積み立てていることであり、老後の所得保障である「老齢基礎年金」はもちろん、思わぬ事故や病気で障害が残ったり、一家の働き手を亡くしたときに「障害基礎年金」や「遺族基礎年金」が支給され、大きな力であなたを支えます。
 しかし、保険料の納め忘れがあると、老後に受ける年金が少なくなったり、また、たった1カ月の納め忘れでも、年金が受けられなくなることもあります。
 自分自身や家族の将来のためにも、保険料を毎月キチンと納めるようにしましょう。

東本荘 山田恵美さん(38)

サラリーマンである夫の扶養となっている私は第3号被保険者となり、個人で保険の支払いをしなくても、払った人と同じように年金が受けられるという制度が昭和61年よりできて大変喜んでいます。
将来、年金を受給できるときを楽しみにしていますが、年金については絶えず関心を持っていきたいと思っていま
す。
乾新町 畑 佳作さん(65)

年金制度ができて以来、ずっと保険料を納めてきました。
60歳から5年繰り上げて老齢基礎年金をいただき大変ありがたく思っています。
昼間は元気に酒店を営み、夜は好きなカラオケに通って人生を楽しんでいます。
これも、年金を掛けていたおかげだと感謝しています。
大谷 圓増みゆきさん(32)

私は退職してから、口座振替で保険料を全納しています。口座振替だと毎月きちんと納付ができるので、納め忘れがなくとても便利です。
また、11月頃には主人の扶養に入れてもらえるため、第3号被保険者の届出を忘れずにしなければと思っています。

年金を受けている方へ

今後の支払予定日
1998年12月15日(10・11月分)
1999年2月15日(12・1月分)
1999年4月15日(2・3月分)
年金の支払通知は年1回です 
支払はこれまでどおり年6回です


社会保険庁は、国民年金・厚生年金保険および船員保険の年金を受けている方に、これまでは年6回支払の都度、支払(振り込み)額のお知らせをしていましたが、平成10年6月から年1回に変更しました。
今後は、年金額の変更や受け取り金融機関に変更があった場合を除き年一回六月のみの通知となります。
なお、郵便局の窓口において現金で受け取られている方は、これまでどおり支払の都度「支払通知書」が送付されます。

(3)
ふるさと新発見伝17 


―在宅介護支援編―

ヘルパーさんに同行 家庭介護の現状を訪ねて



今月号は、篠山町内でホームヘルパーとして活躍される高山和子さんと中西早苗さんに同行して、ヘルパーさんの仕事を通して在宅介護の実情を取材させていただきました。

頼もしい介護者との出会い

 お訪ねしたのは、篠山町小立・粟野ふみゑさん(99歳)と、家庭で中心的に介護される介護者の久子さん(70歳)。訪問されたヘルパーさんは、お二人とも在宅介護ヘルパーとして十数年のキャリアを重ねてこられたそうです。介護支援で接するときは、とにかく明るく、何よりも相手の身になって介護支援されるそうで、時には厳しく、そしてやさしく、楽しい会話を交わしながら、持てる力を十分に発揮させて被介護者の全身清拭(せいしき)をされる様子を見せていただきました。
今回は、事前に打ち合わせもなく、突然に訪問させていただいたにもかかわらず、介護される久子さんに笑顔で迎えていただくことができ、緊張していたわたしの心が穏やかになるのがわかりました。今までわたしが思っていた介護する人のイメージとは違っていたからでしょうか。介護する人というのは、どことなく疲れた感じがするものと思っていましたが、とにかく明るく肝っ玉母さんタイプで、どんとこい!頼もしいかぎりの久子さんでした。


大切な仕事、全身清拭

介護を受けるふみゑさんは、とてもおしゃれできれい好き。
孫が買ってくれたという指輪をはめ、お孫さん手作りの服を着てベッドにお休みでしたが、とても元気です。
ふみゑさんの体は、去年より歩くのが困難となり、今は自由に動くのは右手だけになりました。人の手を借りなければ生活ができなくなり、久子さんの介護を受けてきました。それでも農繁などで忙しいため、社会福祉協議会を通じてヘルパーさんの派遣を希望されたということです。
寝たきりになられた体にすぐに襲ったのは、大きな床擦れと、すぐに出血する皮膚。「体をきれいにしてあげたいけれど、触るだけで出血して大変でした」とヘルパーの高山さん。久子さんとヘルパーさんたちの努力、そして何よりも本人のがんばりで今は、床擦れも治り、ヘルパーさんの「ふみゑさん」の呼びかけに、「来てくれだったんけ、うれしいわ」と元気な返事が返
ってきます。ヘルパーさんの顔も明るくなりました。
ふさゑさんは、夏の間、近くにあるデイサービスセンターへ車いすで入浴に行かれていましたが、涼しくなったため風邪をひかないようにと、久子さんの心遣いから全身清拭に変えられたそうです。全身清拭とは、垢(あか)や汚れを取り除き、皮膚を清潔にして、心身を爽快にさせることで、皮膚を刺激することで血行もよくなると同時に、体の異常の早期発見につながるとかで、何より信頼感を育てる効果があるといわれている大切な仕事です。家庭介護では一番大切な仕事であり、それを支える家族と地域の人たちの温かい励ましや、支援されるヘルパーさん。「みんなの世話にならんと毎日の生活がでけへん」とまで言われたふみゑさんの言葉に、胸が詰まる思いがしました。


後悔のない介護ができたら…

私の祖母は3年前に他界しました。祖母は「家に帰りたい」と何度も繰り返しながら病院で息を引き取ったことを思い出しました。やっぱり最後まで家で介護してあげたかったなと、自分一人後悔しています。
今後、高齢者が高齢者を介護する時期になろうとしています。少しでも楽しく介護でできるように各諸団体が開催している講習会に積極的に参加して、後悔のない介護ができればよいのにと反省しています。
最後になりましたが、これからますます寒さが増してきます。ふみゑさんほか町内の要介護の皆さん、介護される久子さんら介護をされる家族の皆さん、そしてヘルパーの皆さん、お体に気をつけて日々がんばられることを祈っています。
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