新聞記事から(1996.11-12)

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表題・出所
大書院復元へ斧初め
(毎日新聞 1996年11月13日朝刊 「地域のニュース」 高井駿一郎 記)

「篠山・内山画廊玄関前に裸婦像「渚」設置」
1996年(平成8年)12月7日(土曜日)「毎日新聞」

「師走'96 篠山せいもん払いで活気」
1996年(平成8年)12月8日(日曜日)「神戸新聞」

「11bのツリー登場 ユニトピア篠山電飾でムード満点」
1996年(平成8年)12月5日(木曜日)「丹波新聞」

「篠山で絵手紙教室」
1996年(平成8年)12月5日(木曜日)「丹波新聞」

「英語で遊ぼう 篠山町本郷図書館が会場」
1996年(平成8年)12月8日(日曜日)「丹波新聞」

「作品のすべてを集め本にします 文芸コンクール篠山・城東LCが募集」
1996年(平成8年)12月8日(日曜日)「毎日新聞」

「さっぱりしました お年寄りに整髪奉仕」
1996年(平成8年)12月10日(火曜日)「朝日新聞」

「大阪都心へ直行通勤 来年3月8日から新三田−篠山口複線化と東西線開通」
1996年(平成8年)12月12日(木曜日)「神戸新聞」

「篠山の大せいもん払い 六万人の人出」
1996年(平成8年)12月13日(金曜日)「多紀ジャーナル」

「黒豆の選別・出荷最盛期 小田垣商店NHKの番組に」
1996年(平成8年)12月13日(金曜日)「多紀ジャーナル」
大書院復元へ斧初め (毎日新聞 1996年11月13日朝刊 「地域のニュース」 高井駿一郎 記)

篠山城大書院復元工事の斧初めが12日、篠山町八上内にある五十川是治さん (55)所有の山林で行われ、樹齢120年のヒノキに斧を打ち込み、滞りのな い進捗を祈った。

樹齢120年のヒノキに斧入れをする瀬戸町長
樹齢120年のヒノキ篠山城へ 五十川さんが立ち木寄贈

会場は、八上城がある高城山北側。五十川さんが山林の立木20本を寄贈。こ れを受け、建築用材料調達作業の始まりとなる斧初めが行われ、五十川さんの親 族や、町、募金活動している 篠山城跡大書院復元整備期成会 、地元地区役員ら30名が参加した。
 小雨けぶる中での神事に続き、白布の単衣である「ちはや」に身を包んだ烏 帽子姿の瀬戸亀男町長や病床の五十川さんに変わり親族、期成会関係者らが直径 約50センチの幹に斧を入れた。
 五十川さん寄贈のヒノキのうち2本は、24日午前9時からの木曳式(きび きしき)の主役として登場。ヒノキ原木1本を2台の台車に乗せ、同町南新町の 桜づつみ公園から、篠山城跡北グランドまで、町民らが引っ張っていく行事で、 小学校を含む町内各種団体の約500人が既に申し込んでいる。

 高城山山ろくで育ったヒノキが大書院の復元に使われるということは、歴史 的に、大変興味深い。
  高城山 には、室町幕府にも影響を持っていた丹波の戦国大名、波多野氏の居館・蕪 丸城跡(町指定文化財)があり、頂上に居城・八上城跡(同)が築かれ、中世山 城の城下町風情も周辺には残っている。八上城は明智光秀の丹波責めで落城した が、安土桃山時代に近世城郭として修築され、新しい城下町も整備された。
 江戸時代、八上領主の外様大名、前田茂勝が改易。徳川家康の命を受けた庶 子松平康重が江戸幕府西端の拠点として八上城の改修にあたったが、近世の城に 適しないと中止、笹山に築城したのが篠山城だった。八上城下にあった寺院、町 家などを半世紀がかりで移しできあがったのが篠山城の城下町といわれている。
「篠山・内山画廊玄関前に裸婦像「渚」設置」
1996年(平成8年)12月7日(土曜日)「毎日新聞」
篠山町の目抜き通りに、先月オープンしたレトロ調の「内山画廊」の玄関横に 、画廊を管理する町公民館運営協議会長の内山弘成さん(69)=同町乾新町=が、 彫塑の女性裸像を設置した。作者不明ということだったが、調べた結果、山南町 出身の彫刻家、和田真澄さん(64)=神戸市垂水区北舞子1=とわかった。和田さ んは阪神大震災の被災者で闘病生活を送っているが、「体が十分動くなら、すぐ にでも篠山へいきたい気持ちです」と喜びをかくしきれないようだった。
画廊は、観光客がよく通る商店街の中心部、二階町にある。内山さんの義姉が 小児科医院を開設していたが、他界。遺族からあとを託され、地元の創作作家が 光熱費などの実費負担だけで発表する場に、と思いつき、築後100年の建物を 内部改修。先月1日にオープンした。
女性裸像は、県立篠山農高教諭時代の教え子の実業家が「オープンのお祝いに 」と寄贈した。ブロンズ風で、高さ約1b。玄関左側の軒下においたが、それは 、内山さんが「屋外で多くの人に、しかも360度の角度から見てもらうのが、 作者の意に添うのでは」と考えたため。大理石の台座をこしらえたり、照明で照 らすようにした。このため、周囲の景観ともマッチし、文化の香り高い雰囲気を かもし出している。
しかし作者は分からず、内山さんによると、武庫川女子大に関係のある人とい うぐらい。同大学では「該当する人が多くて」の説明だったという。 そこで、 私も作者探しに協力することにした。手がかりは、作品に刻まれた「1979」 と「真」の文字。数字は制作年で、漢字は作者のイニシャルと考えた。 日展系 の作者を調べたが、該当者はなく、新制作協系作家に広げようとした時、すぐに 浮かんだのが、同協友で武庫川女子大講師でもあった和田さんだった。 質量感 を大切にした和田作品にしては、やや細身だったが、電話したところ、「20年 ほど前は、細身の作品も作っていますよ。一度、写真を送ってください」という 返事。急いで写真を送った。 そして、写真を見て、和田さんは自分の作品であ ることを確認。「きれいに保存してもらってありがたい」
 和田さんによると、当時、プロを対象に県美術展が開かれており、ライバル の彫刻家と毎年、お互いにしのぎを削って制作に励んでいた。同祭のテーマが「 海」だった年に出品した「渚」で、コレクターに買い上げられ、篠山まで運んだ のを思い出したという。
和田さんは、阪神大震災で家が傾き、アトリエも使えなくなった。また、歩行 困難で、毎日、午前中は病院へリハビリに通っているという。「彫塑作品は街角 にたてるもの」というポリシーを持って制作してきただけに、二重の喜びとなっ た。(高井 駿一郎)
「師走'96 篠山せいもん払いで活気」
1996年(平成8年)12月8日(日曜日)「神戸新聞」
年末恒例の篠山商店街連合会による「ささやまの大せいもん払い」が六日から 三日間の日程で開かれ、篠山町の商店街一帯では買い物客でにぎわっている。「 大売り出し」の横断幕が係り、年の瀬ムードが漂う商店街は、厳しい冷え込みに もかかわらず、正月用品や、格安の品を求める大勢の人たちが繰り出した。 同 商店街は、約百四十店舗が加盟。せいもん払いは明治時代にすでに行われていた とされ、丹波では最も大きい規模とされる。 同町東岡屋から河原町までの約二 五`が会場。三割引、五割引百円均一と、気前よい値札があちこちにかかり、訪 れた人々は、軒下に積まれた商品を手に取り、確かめるように品定めをしていた 。期間中の午前10時から午後6時まで歩行者天国になっている魚屋町、二階町で は、もちつき大会などが開かれ、子供たちが行列を作り、楽しそうにきねを手に していた。
また、今年の福引きは、「ハワイ旅行六日間」(ペア二組)、石川県の「和倉温 泉一泊二日の旅」(ペア四組)などを用意。篠山商工会館一階で抽選を行っている 。篠山町商工会では三日間の六万人の人出を見込んでいる。
「11bのツリー登場 ユニトピア篠山電飾でムード満点」
1996年(平成8年)12月5日(木曜日)「丹波新聞」
篠山町矢代のユニトピアささやまの花の円舞場に高さ十一bのクリスマスツリ ーが登場。サンタ、トナカイ、天使なども十二月から電飾し、クリスマスムード 満点。花の円舞場のツリーはこれまで最高の高さ。雪降る真っ白なホワイトツリ ーを演出し、夜は四千球の電飾が輝くホワイトロマンテクツリーに。使用した植 物はユーホルビア、ユリ、スイセンなど約五千種類千株も。ツリーは花の円舞場 のほかに正面玄関に八b一本、花のバルコニー・スロープコーナーに四b二本、 アルプス小屋・レストランカモミールに一・五bが二本をたてている。クリスマ スショーは十二月25日まで、ライトアートショーは来年一月五日まで(営業時 間は午前十時ー午後九時、木曜日は休館)
「篠山で絵手紙教室」
1996年(平成8年)12月5日(木曜日)「丹波新聞」
「はがきに自己流の絵と短い文章を書く、絵は身近なものがよい、なんでもよ い楽しくカラフルに」篠山町で三十日、「心に残る年賀状教室」が開かれた。
同町北新町の篠山郵便局(世良勝義局長)が開いたもので、講師は氷上町の沼 郵便局長、田中重雄さん(47)=同町井中=。田中さんは、絵手紙を始めて十年、 全国の仲間との交流を続け、婦人会、PTAなどの教室の講師としても多忙。「 ヘタでいい、ヘタがいい」がモットー。 この日も、親子など三十人が参加。絵 手紙入門のビデオを見たあとさっそく教室へ。田中さんの作った見本の絵に絵の 具をぬる作業から始めた。「ざくろはどんな色だったかな」と参加者は十二色の 絵の具を選んで絵筆を走らせた。
初めての人もあり、「色合いが難しい」という声も聞かれたが、「自己流での びのびと書いてください」と田中さんからアドバイスを受けた。このあと、バナ ナ、みかん、カキなど用意した果物を見ながら独自の絵手紙の制作にかかった。
「語りかけ、呼びかけるように書く」という絵手紙。「今まで筆を持ったこと はなかったが、やさしいぬくもりのある絵手紙で楽しい年賀状が出来そう」と参 加者は満足気。
「英語で遊ぼう 篠山町本郷図書館が会場」
1996年(平成8年)12月8日(日曜日)「丹波新聞」
篠山町立本郷図書館は十四日午後二時から「えいごであそぼう」という企画を 考えており、小学校低学年の親子の参加を呼びかけている。 幼児から英語に親 しみをと計画。イギリスのわらべうた「マザー・グース」を口ずさもうと言う。 マザーグースの歌(キラキラ星など)を英語で歌ったり、ゲーム遊び、絵本など 楽しい内容で、アメリカ留学経験のある五十川立子さん(氷上養護学校講師)= 同町八上内=と一緒に楽しいひとときを過ごす。五十川さんからはイギリスのお 話も聞く。事前に参加申し込みの必要はなく、自由に同図書館へ。
「作品のすべてを集め本にします 文芸コンクール篠山・城東LCが募集」
1996年(平成8年)12月8日(日曜日)「毎日新聞」
篠山町の城東ライオンズクラブ(藤木保男会長)は、第14回文芸作品(川柳、 俳句、短歌)コンクールの作品を募集している。
同クラブが地域文化振興の一環として取り組み、毎年多数の作品が寄せられ、 全応募作品を掲載する作品集を編集、配布している。作品集には、選者が各部門 の総評や入賞作品の審査評を載せており、愛好家に役立っている。
募集対象は多紀郡在住、在勤の人。川柳部門の兼題は「年賀状」で、俳句と短 歌は自由。はがきに、部門名と未発表作品2句(首)以内を記入し、住所、氏名 、電話番号を書いて、来年1月20日まで(消印有効)に、篠山町日置の中兵庫信 用金庫城東支店内の城東ライオンズクラブへ応募。参加費は無料。各部門ごとに 最優秀1点、優秀2点、佳作10点を選び、来年4月に表彰式を行う。問い合わせ は、同クラブ(563151)。
「さっぱりしました お年寄りに整髪奉仕」
1996年(平成8年)12月10日(火曜日)「朝日新聞」
「さっぱりした髪で新年を迎えてください」と、多紀郡篠山町河原町、タバタ 美容室の美容師ら14人が9日同町福住にある特別養護老人ホーム「山ゆりホー ム」を訪れ、お年寄りの整髪奉仕をした。 美容師らは2ヶ所に分かれて、入所 者80人の内60人余りの整髪をした。
寝たきりのお年寄りも車椅子に乗ったまま、うっとりとした気持ちで整髪して もらい「さっぱりしました」と喜んでいた。タバタ美容室は山ユリホームが開所 した1985年から、毎年のように年末になると整髪奉仕をしているので、お年寄り の中には美容師の顔を覚えている人もおり、「きれいにしてね」と声を掛ける人 もいるという。
「篠山町に寄贈 刀剣、鎧など155点」
1996年(平成8年)12月12日(木曜日)「神戸新聞」
丹波・篠山藩の上級武士の子孫がこのほど、先祖から伝わる、鎧兜(よろいか ぶと)や刀剣、書籍、陶磁器など百五十五点を多紀郡篠山町に寄贈した。同町北 新町の土蔵に長く眠っていたもので、当時の武家の品物は散在しているケースが 多く、これほどまとまって残っているのは珍しい、という。また、国宝級の可能 性もある刀剣も含まれており、評価総額は約二千二百五十万円で、同町では、二 千年に復元予定の篠山城大書院で活用したい考えだ。
寄贈したのは神奈川県大和市の地方公務員、河田雄一さん(42)。河田さんは、 篠山藩主青山家の城代家老を努めた吉原本家の分家で、同町北新町に屋敷を構え ていた吉原家の末裔。河田さんは今年7月、土蔵が三十年以上、開けられていな い上、傷みも激しくなってきたことから「地域の文化財として活用していただき たい」と寄贈を申し出ていた。
それらの評価は、倉敷造形科学大学の木村重圭教授と、大阪芸術大学の田中敏 雄教授が担当。その結果、特に価値があると思われるものが三点あった。その一 つが、平安後期から鎌倉初期に製作され、京都の名工・三条派の作品と見られる 太刀(長さ70.95)は、評価額七百万円。「宗」の銘も読み取れ、もし、これが 「宗吉」ならば国宝級の価値がある、という。
また、兜からすね当てまですべてそろった鎧のセットは、もえぎ色の糸や金箔 を使った非常に精巧なもの。江戸時代後期に仕立てられたと推定される。さらに 、ラシャの生地に吉原家の家紋「抱柏紋(だきかしわもん)」や模様の入った豪 華なつくりの火事装束も。
これら武具や刀剣類は、知行高六十石の同家にしては、かなりの高級品である ことから、分家した際に本家から分け与えられたものと考えられている。また、 藩校で使われていた書籍や武術関係の巻物、絵画、漆工類なども含まれている。 同町教委は「武具類に比べ、生活用品は質素なもの。当時の武家の生活を知る上 で貴重な資料」としている。
これらの資料は現在、篠山歴史美術館で保管中。公開も検討されている、とい う。

「大阪都心へ直行通勤 来年3月8日から新三田−篠山口複線化と東西線開通」
1996年(平成8年)12月12日(木曜日)「神戸新聞」
JR西日本は、JR福知山線の新三田−篠山口間の複線化、JR東西線開通に 伴う来年三月八日の大幅なダイヤ改正を十一日発表した。通勤列車の増発や所要 時間の短縮がなされる他、JR東西線への直通運転を開始し、朝の通勤列車の約 半数が大阪都市部に直通する。また、夕方には篠山口行きで停車駅の少ない「速 達タイプ」の快速列車を運転することで、大阪−篠山口間がこれまでより7分短 い59分で結ばれ、また篠山口間から東西線経由で大阪の都心部まで約75分となる 。
複線化されるのは、JR福知山線の新三田−篠山口間21.5。今回の改正で、朝 の福知山線の大阪方面への通勤列車13本のうち、篠山口発の五本がJR東西線 への直通運転となる。直通列車の場合、大阪方面へは尼崎で乗り換え、接続とな る。
朝の通勤時間帯(午前6−7時台)には、上り三本(篠山口6時15分発・木津 八時34分着、
同6時50分発・同志社前8時58分着、同7時26分発・同9時34分着)を新設。 現行大阪発着の上り二本(篠山口6時33分発・木津8時52分着、同7時08分発・ 同9時39分着)、下り二本(木津6時34分発・篠山口8時51分着、同7時26分発 ・同9時45分着)も東西線直通となる。
また、夕方の通勤時間帯(午後5−8時台)には、「速達タイプ」の快速列車 (大阪発・篠山口行き)を四本増発。新三田−篠山口間の停車駅を相野だけとす る。これに伴い、大阪−新三田間普通列車三本を、篠山口まで運転する。
さらに、発着時間を分かりやすくするために「パターンダイヤ」を設定。朝の 通勤時には、篠山口から大阪方面へ、ほぼ9分間隔で出発。データイム(午前1 0−午後4時台)と夕方の通勤時間帯(午後5−8時台)には、各時間とも同じ 発時刻で運転する。
このほか、複線化の完成で列車の「行き違い」が無くなるため、大阪−篠山口 間が3−4分、大阪−福知山間の特急「北近畿号」で3−8分間、それぞれ運転 時間が短縮される。また、丹波竹田−丹波大山間の利用者が、篠山口駅で特急列 車へ接続しやすいようにし、一日で下り8回、上り7回の接続が可能となる。
「篠山の大せいもん払い 六万人の人出」
1996年(平成8年)12月13日(金曜日)「多紀ジャーナル」
篠山町の「大せいもん払い」が今年は十二月六日から八日までの三日間行われ 、家族連れや観光客など、昨年とほぼ同数の約六万人の人手であった。
せいもん払いの三日間は午前十時から午後六時まで、誓願寺から高砂旅館の間 が歩行者天国となり、各商店街、商店主や商工会関係者らは、商工会館前で、も ちつき大会をおこなったり、商品の陳列や客の呼び込みに工夫を懲らすなど、勢 力的に動き回った。
十二月の篠山の名物行事も終わり、1996年の幕切れは、一歩ずつ近づきつ つある。
「黒豆の選別・出荷最盛期 小田垣商店NHKの番組に」
1996年(平成8年)12月13日(金曜日)「多紀ジャーナル」
篠山町立町の(株)小田垣商店(小田垣博三社長)では、十二月早々から丹波 黒大豆の品種選別作業とその発送に追われている。同社では選別作業を三工程を 通して行っており、初めの二工程は機械で大きさと形をより分け、最後は熟練し た人の目と耳で、機械では判別できない割れやキズのある豆を取り除いている。
この同社での選別作業が十二月十二日朝、NHKの番組「おはよう日本」の中 で生中継により紹介された。霧深い篠山の街並みが映されたあと、カメラは小田 垣商店へ。アナウンサーにより、丹波の黒大豆の特徴とそれぞれの選別作業が説 明された。テレビ局が、この時期のトピックス、また、風物詩として頻繁に取り 上げるほど、丹波の黒大豆の名は広く知れ渡り、ブランド化している。それだけ に消費者の目も肥えてきており、一粒一粒の選別はなくてはならない作業である 。この作業の最盛期は多紀郡内の各問屋とも二十日頃まで続く。