日本遺産に認定!「丹波篠山 デカンショ節 ー 民謡に乗せて歌い継ぐふるさとの記憶」

  

文化庁が新たに創設した制度「日本遺産」に、篠山市が申請した「丹波篠山 デカンショ節ー民謡に乗せて歌い継ぐふるさとの記憶」が認定されました。

 「日本遺産(Japan Heritage)」は、地域の歴史的魅力や特色を通じて、我が国の文化・伝統を語るストーリーを認定するとともに、ストーリーを語る上で不可欠な魅力ある文化財群を総合的に整備・活用し、国内外に発信することで、地域の活性化を図るという制度です。

 日本遺産には全国の自治体から83件の申請があり、篠山市は、時代ごとの風土や名所、名産品などを歌詞に盛り込み歌い継がれてきた「デカンショ節」をストーリーのテーマとして申請をしました。

 平成27年4月21日(火曜日)に開催された「日本遺産審査委員会」における審議を経て、篠山市の申請が「日本遺産」に認定されました。今回の認定によって全国に18件の日本遺産が誕生しました。

 

認定された日本遺産の概要

(タイトル) 「丹波篠山 デカンショ節ー民謡に乗せて歌い継ぐふるさとの記憶」  

(ストーリー)  デカンショ祭
  かつて城下町として栄えた丹波篠山の地は、江戸時代の民謡を起源とするデカンショ節によって、地域のその時代ごとの風土や人情、名所、名産品が歌い継がれている。地元の人々はこぞってこれを愛唱し、民謡の世界そのままにふるさとの景色を守り伝え、地域への愛着を育んできた。
 その流れは、今日においても、新たな歌詞を生み出し新たな丹波篠山を更に後世に歌い継ぐ取組として脈々と生き続けており、今や300番にも上る「デカンショ節」を通じ、丹波篠山の町並みや伝統をそこかしこで体験できる世界が展開している。
ストーリーの詳細(PDF:450KB) 

(ストーリーの構成文化財)

  文化財の名称 指定等 概要
1 デカンショ節 市指定無形民俗文化財   江戸時代から続く民謡「デカンショ節」は、明治31(1898)年、篠山出身の遊学生たちから旧制一高(現東京大学)の学生たちに伝わり、「丹波篠山 山家の猿が 花のお江戸で芝居する♪」で始まる歌は、たちまち多くの学生や若者から愛唱され全国に広まった。 歌詞には、天下普請の篠山城をはじめ、伝統的な特産物である丹波黒大豆・丹波松茸・ぼたん鍋、日本の酒造技術の礎となった丹波杜氏の姿など数多くの歴史文化関連資産が歌いこまれ、有形・無形の文化を伝えている。
2 篠山城跡 国指定史跡 デカンショ節「並木千本 咲いたよ咲いた 濠に古城の 影ゆれて♪」他幾度となく歌詞の中で歌われる篠山城跡は、天下普請により慶長14年(1609)年、徳川家康が山陰道の要衝に築いた城であり、平成12年には大書院が復元され一般公開されている。現在は、三の丸跡をデカンショ祭の主会場とし、篠山城跡の存在は市民の心のシンボルとなっている
3 篠山城下町地区 国選定重要伝統的建造物群保存地区 デカンショ節「オラが殿さは 六万石よ 今じゃのどかな 城下町♪」と歌われる城下町は、篠山城跡を核とし、江戸時代の武家町や商家町の町割りを残すなど城下町の要素を全体によく残している。デカンショ祭りが行なわれる8月には提灯などで町中が彩られ、情緒豊かな歴史的風致を伝える。
4 小田垣商店(店舗他9件) 国登録有形文化財 デカンショ節「丹波篠山お茶栗さんしょ 野には黒豆 山の芋♪」と歌われる篠山の特産物のひとつである黒豆(黒大豆)を扱う小田垣商店は、塗屋づくりの重厚な外観を見せ、18世紀後期の老舗商店の屋敷景観をつくっている。
5 鳳鳴酒造(主屋他8件) 国登録有形文化財 デカンショ節「酒は呑め呑め 茶釜でわかせ お神酒あがらぬ 神はない♪」と歌われる酒を造り続けている造り酒屋のひとつが鳳鳴酒造である。主屋は街路に面したむくり屋根の切妻造、つし2階で、吹き抜けで店舗も兼ねる。
6 旧安間家住宅(武家屋敷安間家史料館) 市指定有形文化財 デカンショ節「丹波篠山鳳鳴の塾で 文武きたえし 美少年♪」と歌われている鳳鳴の塾(現県立鳳鳴高等学校)は、藩校振徳堂を前身とする。安間家は藩主青山家の家臣で御徒士町の下級武士であったが、振徳堂において和算の指導にあたり学問の振興に努めた。現在は武家屋敷安間家史料館として、和算関連史料等を展示し当時の武家の暮らしを伝えている。
7 青山歴史村(旧澤井家長屋門、青山文庫、丹波篠山藩「青山家」古文書、大学衍義補版木他) 市指定有形文化財 デカンショ節「論語孟子も 読んでは見たが 酒をのむなと 書いてない♪」青山歴史村(旧青山家別邸)に残る「大学衍義補(だいがくえんぎほ)」(寛政4年=1792)「通鑑覧要(つがんらんよう)」(天保5年=1834)「刪訂古今文致(さんていこきんぶち)」(慶応3年=1867)の三種類の版木(約1200点)は、いずれも篠山藩が翻刻したもので、これら漢学書関係の版木は全国的に珍しい。また、青山文庫の和漢籍655点は近世国文学の一級資料となっており、漢籍・歴史・地誌など学問を尊んだ篠山藩の気風を伝える書籍も数多く残されている。
8 王地山稲荷社本院 未指定 デカンショ節「花のお江戸で平左衛門が 天下無敵の勝名乗り♪」と歌われる平左衛門は、篠山藩主青山忠裕が老中を勤めた文政年間の頃、江戸両国の将軍上覧の大相撲で、篠山藩のお抱え力士たちは連敗していた。ある年、篠山から来た王地山平左衛門ら8名の力士たちが現れ連戦連勝してしまった。忠裕は喜び、褒美をとらそうとしたがどこにもいなので調べてみると、全員が領内のお稲荷さんの名前だったと云う伝説が伝わっている。王地山はもみじの名所でもあり、負けきらい稲荷として多くの参拝者が訪れる。
9 八上城跡 国市指定史跡 デカンショ節「島と浮かぶよ 高城山が 霧の丹波の 海原に♪」と歌われる八上城跡は、高城山に本城があり、織田方の明智光秀による丹波攻略の主戦場として、また近接する近世城郭篠山城と対比する城として日本城郭史上貴重な遺構となっている。
10 篠山市福住伝統的建造物群保存地区 国選定重要伝統的建造物群保存地区 デカンショ節「夜霧こめたる 丹波の宿の 軒におちくる 栗の音♪」と歌われる宿が、宿場の宿を指すものであるかは定かではないが、江戸時代、旧山陰街道が貫く福住には本陣がおかれ、宿場町として賑わった。宿場町に連なる農村集落は茅葺農家でありながら宿場を補完する役割を担ったとされ、この歌の情景そのままの歴史的景観を今に伝えている。
11 西尾家住宅(主屋他10件) 国登録文化財 デカンショ節「灘の名酒はどなたがつくる おらが自慢の丹波杜氏♪」全国でも名高い丹波杜氏だが、西尾家はその技術をもって江戸時代から篠山藩ご用達として酒造業を営んでいた。江戸時代後期の俳人西尾武陵の生家でもある。享保18年(1733)建築の主屋を屋敷景観の中核とし、旧山陰街道の街道景観形成に寄与する貴重な建物である。
12 丹波立杭窯(作窯技法)、 丹波立杭登窯 国選択無形文化財、県指定有形民俗文化財 デカンショ節「嫁がほしゅうて 轆轤を蹴れば 土はくるくる 壺になる♪」と歌われる丹波焼は日本六古窯として知られ、現在でも大規模な製陶工場等は無く、各窯元はほとんどが家内制で約60軒の窯元が丹波焼を生産している。丹波焼における連房式登窯は近世初頭と言われており、この時期に穴窯から登窯に移行したものと考えられており、窯の全長が40メートル以上と長いことも窯の特徴の一つとなっている。また、古丹波コレクションとして312点が県指定文化財として丹波古陶館に保管され一般・公開されている。
13 古丹波コレクション 県指定有形文化財
14 丹波杜氏(酒造技術) 未指定 デカンショ節「灘の名酒は どなたがつくる おらが自慢の 丹波杜氏♪」と歌われる丹波杜氏はその名声は古くより聞こえ、その歴史は宝暦年間(1751)にさかのぼる。「出稼ぎしょ」は「デカンショ」の語源の一つとも言われている。昭和初期には杜氏約780人、蔵人を合わせ約4100人が海外を含む各地で活躍した。高度経済成長とともに、厳しい作業環境を敬遠され、機械化で省力化も進み、現在は杜氏40人、蔵人約130人となっている。
15 丸山集落 未指定 デカンショ節「雪がちらちら 丹波の宿に 猪が飛びこむ 牡丹鍋♪」と歌われる情景が丹波篠山にある。丸山集落は篠山城下から約4キロ北部の多紀連山山麓にある集落で、10件の旧茅葺民家が特徴となっている。傾斜を活かし石積みと一体となった戌亥蔵と築地塀に囲まれ、妻入りや中門づくりの茅葺民家が今も現役として2棟の民家が農家民泊として活用されている。

 

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安間家史料館 

 

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