篠山市長ブログ

日本遺産のまちとして、さあこれからです!(市長日記)

1.日本遺産に選定されたことが、大きなニュースとなって、市民の喜びと祝福の声が広がっています。ホントに戦後一番の歴史的快挙です!
 このニュースは神戸新聞の朝刊一面トップに、また丹波新聞では号外も出ました。

 

2.ちなみに、篠山市から文化庁に提出した「デカンショ節からのメッセージ」は次のとおりでした。

 「デカンショ節を歌うとき、人々は、先人がいかに地域の文化遺産や産物を大切に、そして誇りにしていたかを知る。文久元年(1861)建立の能舞台、そこで行われる元朝能、そして城を囲む武家町と商家町など守り抜き残された景観が、その思いを伝えている。また、昭和56年(1981)、城下町地区にある明治24年(1891)建築の地方裁判所が、都市計画道路上にあることから壊されようとした時、地域の人々の懸命の努力により、曳家工法で方向転換し建物を残したことは、何を大切にすべきかを示すエピソードとして語られている。
 農村の暮らしの中で、デカンショ節に縁深いもの丹波杜氏がある。「灘の名酒は どなたがつくる おらが自慢の 丹波杜氏♪」は、灘五郷の酒を天下に高く知らしめた丹波杜氏が、地域の人々の誇りとなっていることを示している。また、作陶の様子がユーモアを交えて歌われている丹波焼は、多くの窯元は半農半陶と言われるスタイルで陶器を作っていたことで、大規模化することなく、のどかな窯業集落の景観と作陶の技を伝えている。デカンショ節は、こうした暮らしを明るく歌に刻むことで、丹波篠山の人々を鼓舞し応援し続けてきたのであろう。
 デカンショ節には、人々の喜怒哀楽や心意気、希望、誇りと共に、地域の文化遺産や産物が歌に織りなされてきた。歌われるたび、歌の中の風景が、地域の人々の共通の風景となり心を繋いでいく。そして、デカンショ節は、歌の世界そのままに残る多種多様な文化遺産や産物、かけがえのない風景を後世につたえることの大切さを人々に語りかけている。」

 

3.構成する文化財としてあげていたのは、次のものです。
・デカンショ節
・篠山城跡(北新町)
・篠山城下町地区
・小田垣商店(立町)
・鳳鳴酒造(呉服町)
・旧安間(あんま)家住宅(西新町)
・青山歴史村(北新町)
・王地山稲荷社本院(河原町)
・八上城跡(殿町)
・福住伝統的建造物群保存地区
・西尾家住宅(大山上)
・丹波立杭窯、作窯技法、丹波立杭登り窯(今田町)
・古丹波コレクション
・丹波杜氏、酒造技術
・丸山集落(丸山)

 

4.さて、大変なのはこれからです。
 今回の認定をさらに魅力あるまちづくりに、そして篠山市の活性化に、子どもたちの誇りそして定着に結びつけるのです。
 日本遺産のまちとして、人々に感動を与えるまちであるよう、その責任も大きいとあらためて強く思っています。
 とり急ぎ、5月1日からの市役所など、市内各所に喜びの横断幕をかかげます。そして市民あげての推進協議会を立ち上げ、これからのまちづくり、市民活動、観光などに取り組みます。

 

5.一番に祝いの電話を頂いたのは、兵庫医大の新家理事長さんでした。
 又、今日は元篠山町長の新家茂夫さんに報告してきました。篠山町時代、「ふるさと日本一丹波篠山」をかかげ、まちなみ、文化、自然、農業などを大切にされ、礎(いしずえ)を築かれました。

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